離婚活動&国際再婚までの軌跡

離婚活動と言語交流Tandemを使って国際再婚を目指すブログです。

自己紹介。社会人フリースクールスタッフ時代編です。

今回は25歳で精神保健福祉士の養成学校を
卒業したあとのことから書こうと思います。
精神保健福祉士の資格を取得してもまたも引きこもってしまい、
まだ社会に出るのが怖かったのもありました。
それ以上に面接で言われたように京大卒のあなたには
精神保健福祉士の仕事よりももっと別の分野が向いていると
面接官に言われたことも頭に残りました。
自分自身京大を出て一流企業に入社して一生安泰と
安易に考えていたこともあり、
実際に友人たちは皆一流企業や理系官僚になっていったこともあり、
私自身精神保健福祉士の仕事に就職するのに余計な
高いプライドが邪魔をしてしまいました。
人生こんなはずじゃなかったと心の奥底で
思っていたのだと思います。
せっかく京大卒というカードを持ったのに
それを活かせず完全に自己責任ですよね。
自業自得だと思います。
26歳の時もずっと家に引きこもっていました。
無意味な一年間を過ごしたと思っています。

確か27歳の時でした。転機が訪れました。
姉の小学校の担任の先生がフリースクールを立ち上げたのを
新聞で知り、ちょっと行ってみようと思ったのです。
勉強なら少しは教えることができるかなと思っていました。
早速行ってみたところ、その場ですぐに
このフリースクールのスタッフにならない?と
言われました。
予想外でしたが、私も特にやることもなかったので
勉強くらいなら教えることができるかもしれないですねと
フリースクールの代表に行っていきなりスタッフになりました。
不登校の子供たちが通うフリースクールでしたので
もちろん様々な理由で学校に行けない子供達の対応でしたが、
勉強を教えるのも一部分なのですが、
生徒さんたちとテニスをしたり、農作業に出かけたり、
農作業で収穫したものを販売に行ったりと不登校
子供達に勉強以外の道も示しながら活動していました。
このフリースクールの詳しいことはまたどこかで
触れたいと思います。皆さんお楽しみに笑
このフリースクールには27歳の時から32歳の時まで
スタッフとして在籍していたのですが、
このフリースクールの経験を活かして
学校の先生になろうと思い、
元々工学部出身なので理科と数学の免許は取得できる可能性が
あったので調べてみると数学の科目の単位はある程度取っていたので
後は教職の専門科目を取得しないといけなかったので
通信制の大学で教職の専門科目を取り、
詳細は省きますが、情報と数学の免許を取得しました。
免許を取得した後に公立の教員採用試験を受けたのですが、
他の人は必死に公務員対策をして受験するにも関わらず、
私はフリースクールに在籍しながらだったので、
何の対策もせず教員採用試験を受けてあえなく撃沈。
何も対策もしていなかったので不合格もさほどショックではなく、
まあこんなものかなと思っていました。
その後もフリースクールで働いていたところ、
私立高校の数学の教員募集が新聞に載っていたので、
とりあえず受けてみるかと思って受験してみたところ、
なんと採用させて頂きました。
この年で33歳だったので、33歳でやっと正社員の職に
就くことができたのでその時にはもう本当に嬉しかったです。
もう親に心配と迷惑をかけることもこれでなくなるんだ…と
自分でも浮かれていました。
さて社会人編のフリースクール編はこの辺でさておき、
次回は社会人編の数学教諭編について書こうと思います。